大阪ウォーク・トーク 副代表 国認定・通訳案内士のガイド 許 和平 講師
本日は、西校授業、まち歩きのフィナーレを飾る、「大阪コリアタウン」へ訪れました。
許 講師のおよび、歴史案内でJR鶴橋駅から大阪コリアタウン~へ、帰りはJR桃谷駅迄のコ-スをゆっくり散策しました。許 講師はコリアタウン(鶴橋~桃谷)界隈の歴史も併せて 丁寧に、説明して頂きました。ありがとうございました。
「大阪コリアタウン」は日本最大のコリアタウンといわれる大阪市生野区の3つの商店街(『御幸通商店街』、『御幸通中央商店会』、『御幸通東商店会』)が合し、今年1月「一般社団法人大阪コリアタウン」の名称となりました。
韓国Kポップブーム、韓流などによる来訪者の増加により、食べ歩きや路上販売などへの一体対応、資金調達などを効率化し、共通のルールを設けて地域一体でのまちづくりがされます。
「大阪コリアタウン」は大阪観光スポット、日本一のコリアタウンにと大いに期待したいです。
悠々の歴史を持ち、1600年前より脈々と続いています。
祭神は「聖帝」と称され民に愛された第十六代仁徳天皇、医薬・国造りの神様、少彦名命、全国でも珍しい忍坂彦命を祀り、猪飼野村の氏神で有ります。猪飼野村の氏神き「浪花な御幸森天神宮』(みゆきもりてんじんぐう)悠久の歴史を持つ御幸森天神宮は、千六百年前より脈々と続いてきております。
「聖帝」と称され民に愛された第十六代仁徳天皇、
医薬・国造りの神 少彦名命、全国でも珍しい忍坂彦命をお祀りしている神社です。
西区担当行政相談委員 足立委員
コロナ過の中、行政相談について 総務省近畿行政局相談課総務省、北村講師を始め2名の方 計3名の方から 総務省の行政相談の内容、仕組み、相談内容の事例、相談事例からの改善前➡改善後の実例 等、親切丁寧に説明、紹介され、あぁそうだね!と思いました。
(現在の行政相談件数は、コロナ以前の頃に比べて約3倍位に増加しているとの事でした)
総務省の行政相談とは・国の行政全般の相談 ・担当行政機関とは異なる立場からあっせん
・国民の皆さんの声を行政の制度や運営の改善に生かします。
① 困ったら一人で悩まず行政相談
・困りごとを、どこに相談していいのかわからない・役所の説明や取り扱いが納得できない
・制度や仕組みがわからない
② どこでできるの?行政相談
1 近畿管区行政評価局(きくみみ大阪)
2 総合行政相談所(大阪総合行政相談所➡毎日・堺市 堺すいよう行政相談所➡毎週水曜)
3 一日合同行政相談所(毎年10月、大阪府内5つの会場で専門家を交え無料相談実施)
4 行政相談委員
市(区)役所、町村役場、公民館など定期に相談所を開設
行政相談委員とは 行政との架け橋、皆さんの身近な相談相手です。
◆全国に約5、000名、 大阪府内は198名(各市町村に1名以上)配属されています。
◆大阪市は61名の行政相談委員が配属されています。西区には2名配属されています。
意見交換の場を通じ行政相談制度が身近なものになったと感じまし
大阪の文明開化は江之子島、川口から始まった をテ-マに大阪の行政の中心地だった
江之子島、外国人の居留地が建設された川口、に歴史探訪した まち歩きでした。
今日は風が吹き、肌寒いなかでの歴史案内 沖本講師のいつも変わらぬ丁寧な説明に感謝いたします。ありがとうです。
大阪府庁舎 跡 (写真左端 歴史を説明される 沖本 講師)
初代 慶年(明治元年)初代の府庁舎(中央区本町橋の旧大阪西町奉行所に設置していま
したが、
(明治7年⇔1874年)に江之子島に新築移転されました。新庁舎は2階建ての西洋建築で、居留地側を正面玄関に4本の大円柱を並べ、屋上中央のド-ムに大時計をとりつけた西洋館の庁舎は、たちまち大阪の新名所となり、府民は「江之子島政府」と
呼んだそうです。
大正15年(1926)に現在の大阪市中央区大手前に移転する迄50年以上この地で大阪府政は行われました。
大阪市役所江之子島庁舎跡
市政特例廃止後の明治32年12月はじめてこの地に市役所庁舎が建設されました。その後
45年堂島に 大正10年に現在の中之島に移転されました。
木津川橋碑
慶応4年(1868)に架けられ、外国人の居留地が建設された川口と大阪の行政の中心地
で有った江之子島を結んだ橋で、大阪と海外を結ぶ架け橋と
川口居留地 跡
慶応3年に開市され、翌4年(明治元年 1868年)7月に大阪港が開港して、川口居留地
26区画が外国人に競売され即日完売され、外国商人たちが殺到しましたが、大阪経済の衰退、港の不整備、厳しい取引監視などで商人たちはすぐに神戸へ移動しました。
そして空屋が目立つ居留地の洋館に居住し始めたのがキリスト教の宣教師たちで、26区画
の内20区画がキリスト敢闘係の住居・施設となり、居留地はキリスト教伝道の一大拠点となりました。
居留地には川口キリスト教の布教活動の一つとして女子教育に力を注ぎ、女子学院が6つも在りました。
産科で有名な聖バルナバ病院(鶴橋駅南西)の前身で有るバルナバ病院も在りました。
川口基督教会
米国聖公会宣教師C.M.ウイリアムス主教(長崎から川口に移住)が明治3(1870)年に
英学講義所を開講して英語による礼拝を行ったのが始まりです。同14(1881)年に教会が
設立され、大正9(1920)年に現在の礼拝堂が建設されました。
詳細は「資料」を参照ください。
阿倍野防災センターを訪れ、南海トラフ巨大地震等の大災害に備える為に、自分に必要な知識や技術を選択し、体験を通じて学びました。
おおさか防災情報ステーション
大阪市全域の被害想定や地域や災害危険を学ぶ
地震発生直後から避難する迄の取るべき行動を学びました。
地震発生直後から避難する迄の取るべき行動を学びました。
初期消火の手順などを体験して学びました。
煙中避難を体験し煙の怖さや正し避難姿勢を学びました。
(写真中 ➡ 黒く見えて人は実際に体験している西校の受講生です。)
災害発生直後の街に潜む危険(建物、重量物の落下、ガス漏れ)を学びました。
これだけ、覚えておこう・やっておこう大地震への備え➡発生から72時間までの行動
起震装置と映像により地震の怖さを学びました。
(最初に神戸淡路大震災の震度、次に近い将来に予測される南海トラフ巨大地震の震度
などを実体験し、学びました。
南海トラフの震度体験での➡激しく、大きく縦、横に揺れ動き大きな衝撃を受けました。
今日、今回の体験を通じて大地震は必ずやってくる。助かる力、助ける力~
備える勇気をもらいました。
こんな貴重な防災体験、説明など、親切丁寧にして頂いた大阪市立阿倍野防災センター、
スタッフの皆さま方に感謝致します。 ありがとうございました。
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